・・・物乞いがプラカードに「25セント恵んでくれませんか?」と書く場合と「17セントか37セントを恵んでくれませんか?」と書く場合とで恵んでもらえるお金の総額に違いは表れるだろうか? 答え:「17セントか37セントを恵んでくれませんか?」と書いた場合の方がおよそ60%だけ多くのお金を恵んでもらえることになる。
(Reblogged from edieelee)
本書のなかで最も驚いたのは、ユーラシアの両端で貨幣の作り方がまったく異なっているということだった。西は貴金属に打刻したコイン、東は卑金属に鋳造したコインなのだ。この東西の貨幣文化の違いは、肉体から直接に翼をはやす西の天使と、体には衣を纏うばかりの東の天女ほどに、おそらく東西文明の本質的な相違にかかわっているはずだろうが、いまだにその謎は解かれていないと思う。
(Reblogged from edieelee)
「情報が効率的に集まる」というのはTumblrの紹介記事で度々書かれていることだけれど、僕はTumblrで誰かをフォローすることは、単に情報の供給元という意味だけではなく、フォローした人の知性を分けてもらうことだと思っている。ポストにしろreblogにしろ、フォローした人の情報の収集力、分析力、センス、それらをすべて含めて、その人の知性だ。さらに突っ込んで言えば「世の中にはこんなこともある」とその人に「教えを請う」ことだと思うのだ。「おっぱいも知性?」。もちろん。知性あるおっぱいは、無教養なおっぱいより遙かに刺激的だ。
(Reblogged from katoyuu)
Appleは技術は惜しみなく捨てる=>Jobsはいまだにエンジニアを100人に限定しているそうです。100人が自分が話ができる人数の限界。だから、新しい技術にしかベットできない。ユーザーが捨てられないのもわかる。選択の問題ですね RT @suadd
(Reblogged from katoyuu)

山地酪農牛乳やその製品をはじめて飲んだり食べたりする人が一様に言うのが、

「きっと濃厚で美味しいんでしょうね!」

ということ。でも、それは間違いだ。山に放って草を食べさせたものは、ごくあっさりとした牛乳になる。それはそうだ、濃厚な餌を与えていないんだもの。だからあっさり、さっぱりした味わいになる。

元来、濃厚なものはハレの日のご馳走である。そんなのを毎日飲む必要はない。いまの日本は毎日がハレの食卓になってしまっているのが問題でもある。米も肉も麺も牛乳も野菜も、インパクトのある、甘い、ねっとりした、コクのあるものがいいとされる。でもそんなのが全てになってしまったら食文化の崩壊だ。

ほんものはあっさり、軽い。

それが真実だと思う。

やまけんの出張食い倒れ日記: 出雲の国の可愛い牛達に逢いに行く 木次乳業のブラウンスイス種の牛はやっぱり愛らしい! (via seiichirou) (via ssbt) (via aya18) (via ichimonji) (via yaruo) (via mxcxrxjapan) (via quote-over100notes-jp) (via mikanthecat)

北海道の酪農家が「3.6とかそういうよくある乳脂肪分を実現するには、(本来草食である牛の食物ではない)トウモロコシの飼料を失明するぐらいいっぱい食わせないといけなくて、なんでそんな事になってるかというと、米国がトウモロコシ飼料を輸出するために決めた基準だからだ」と言ってたな。

(via odakin) (via sytoh) (via aerogenerator) (via theemitter) (via vitan) (via sasatakeyo) (via itutune) (via ibi-s) (via deli-hell-me) (via gkojax) (via yaruo)
(Reblogged from yaruo)
人間関係を技術に落とし込んでるやつは、この見抜く精度がすごい。なぜって、そりゃその人も同じ側の人間だから。同じ穴のムジナだからだ。こいつらは、他人のフェイクを容易く見破るよ。
空気を読むのが苦手な人と話すとき、役所手続きのとき、誰かと口喧嘩になりそうなとき、年の離れた老人と話すとき、小さな子供を叱るとき、外国人と話すとき、共通して気を付けていることがあります。『まず自分が一番伝えたいことを一つだけ伝える。そして自分や相手がそこから論点をそらすことを強く律する。』
(Reblogged from otsune)
ソーシャルネットワークや、ソーシャルに選択加工されたニューズフィードなどが、ますますコンテンツの提供形式を同心円的に閉じた、村社会的な手淫パーティーに頽落させ、自分たちの‘慣れ”や‘好み’に即さない意外なもの、思ってもみなかったもの、これまでとは違うもの、などなどを排斥し、オンライン時のわれわれの意識に風穴を開けることを、拒むようになっている。たとえば個人化(パーソナライゼーション)を行うフィルタは、その人を、これまでの彼/彼女が知らなかった新しい世界や新しい感覚に誘うことを、絶対にしないのである。
All
献血した人に日赤が提供するもの
ジュース1本程度

日赤が病院に販売する血の価格
赤血球濃厚液-LR「日赤」血液200mLに由来する赤血球 - 8,169円
赤血球濃厚液-LR「日赤」血液400mLに由来する赤血球 - 16,338円

日赤社員の平均給与(事務職)
約1200万(平成20年度実績)
(Reblogged from ffftp)
自給自足は何万年も前に絶えた。狩猟採集民の比較的素朴なライフスタイルでさえ、大勢の人がアイデアや技能を交換していなければ存在しえないのだ。この概念の重要性はいくら強調しても足りない。人類の成功は、数とつながりがあってこそのもので、その上にかろうじて成り立っている。数百人という人口では、高度なテクノロジーは維持できない。交易は決定的に重要なのだ。
(Reblogged from jinon)
自分を否定することは自分を大事に思う人をないがしろにしている
All
Once all the changes were made, I was able to successfully complete the program- ming of this huge system. The design changes I made reduced future program modification errors and contributed to the elegance of the design. The system was a commercial success for my employer and was used for many years by them. Al- though the use of LSD was an important component of the success of the system, no one knew of its use except me.
それでも暴力は、進化のほぼあらゆる過程に比べて、現代ではずっと稀になってきた。前出のサミュエル・ボウルズの試算では、標準的な狩猟採集民の場合、暴力が原因で死ぬ確率は一四パーセントだった。それに比べると今日の世界における死因に占める割合はとても小さい。暴力が原因の死は、全死因のおおよそ一・三パーセント──ボウルズの試算の十分の一以下だ。これには戦争、都市における暴力などすべてが含まれるが、驚いたことにそれでも自殺による死亡率よりも低い。交通事故による死亡率の半分を少し超えているにすぎない。今日の世界に住む市民なら、自らの手で死ぬ確率のほうが、他人の手にかかって死ぬ確率よりも高いのだ──ただし、その人が車を運転しているときは別だが。
『殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?』P・シーブライト(みすず書房)山形浩生、森本正史訳、p79 (via enjoetoh)
(Reblogged from yaruo)
外骨格の生物はボディ・プランを作りやすいはずです。なにしろ骨の形にあてはめて設計をすればいいわけですからね。その証拠に昆虫はすばらしく多様なデザインで地球上で最も多くの種類をつくりだしています。それはすごくよかったんですが、限界もあるんです。外側に骨のすべてを出したから、中は何もかもが押し込まれている。そのため、とくに頭部の入り口のところで食道と神経管が交差してしまいました。
そうするとどうなるかというと、どんどん食べると、すぐに食道が膨らんでしまい、目から体に通っている神経系を圧迫するから、これは昆虫学者の奥井一満さんの言い草ですが、毎回胸やけがするのです(笑)。ようするに昆虫というのはたくさん食べられない動物になってしまったんですね。外骨格にしたということによって、サバイバル・ゲームの最高のデザインをしたのに、一方では小食で、ともかく食べたらすぐ食道を圧迫して胸やけになる(笑)。だから、しょっちゅう食べて、少しづつ出していかなければいけないという動物になったのです。
しかし、この戦略は多様性という面では大成功をする。ですから地球のことを「虫の惑星」とよぶくらいです。
『情報の歴史を読む』 松岡正剛 (via do-nothing) (via ultramarine) (via uessai-text) (via sytoh) (via scarecrowbone) (via tigerbutter) (via gkojay) (via j-hermit) (via kanal) (via ishida)
(Reblogged from ishida)

たとえば就業時間中にmixiアプリにアクセスしたり、2chやニコニコ動画にアクセスするのは業務としては相応しくないことが多いだろう。しかしブロックツールを入れてアクセスをブロックしても、結局はうまくいかない。理由は簡単だ。アクセスできないいらだちはブロック機能に向き、結局はブロック機能を無効にしてしまうか、ほかの方法でアクセスするようになるからだ。新しいことを知りたいという欲求を止めることは容易ではない。

プロダクティビティプロキシではコンテンツへのアクセスはブロックしない。かわりに、たとえばその日の最初のアクセスはフルスピードで実施されるものの、以降は散文的にロードが遅くなるようにする。数秒して目的のサイトが表示されないと、自然とサイトを閉じ、本来すべき作業に戻るようになるという。人間は新しいものを知りたいという欲求があり、作業中であってもついほかのサイトを開いて新しい知識を得ようとする。それは面白いことであったり暇つぶしであったりするかもしれないが、ともかくそうすることで脳は満足感を得る。ブロックせずにあえて遅くロードすることで、いらだちはそのサイトへ向き、自然とそのサイトを開かなくなる。結果として本来作業すべきことに集中することになる、というわけだ。

このアイディアの要は、サイトが遅くロードされたときに、直感的にプロダクティビティプロキシに嫌悪感が向けられるのではなく、対象となるサイトに対していらだちが向く点にある。このため、プロダクティビティプロキシの機能を無効にする確率が減るというわけだ。

(Reblogged from ishida)